連載 No.55 2017年05月21日掲載

 

その日のためにスキルを磨く


初めてこの場所を訪れたのは1990年の冬。

廃墟の壁と雪景色にとけ込む一本の木は絵のように美しく、すぐにカメラを構えたのだが「何か」が違う。

激しく降っていた雪が弱まると、壁の向こう側に電柱や市街地の建物がうっすらと見えていた。



雪が降ると町並みは隠れるが、

空が明るくなるとか壁の向こうに奥行きが生まれて画面のバランスが良くない。

雪の降り方に物足りなさを感じたが、

いつまた撮れるとも思えない光景を取り合えずフィルムに収めることにした。



それから毎年、冬になると訪れたが、思い描いた雪景色には出会えなかった。

96年に廃墟の作品を集めた個展を開いたが、

ベストな条件で撮影したものではなく、不満を抱えたままのプリントを仕上げることになる。

決してつまらない絵柄ではなかったが、記憶の中の光景には及ばなかった。

仕上げた作品にナンバーをつけることもなく、会場の控えめな場所に展示するにとどめていた。



今回の作品は97年に撮り直したものである。

イメージ通りの大雪が降り、吹き込んだ雪が光を反射して真っ黒な壁の内側を明るく照らしている。

屋外の背景は降る雪に消されて空と地面の境目さえわからない。

この瞬間を待っていた。1分間の露光はあっという間で、

予備にもう一枚と思ってフィルムをもって顔を上げると空は明るくなっていた。結局1枚のみの撮影だった。



あらためて仕上げてみると、以前の作品とは様々な違いがある。

7年たつと木は成長し枝ぶりも魅力的になっていた。

そしてネガを見てみると、フィルムの種類、諧調の作り方、画像のシャープネスに格段の違いが見えた。

成長したのは廃墟の木だけではないようだ。



四季折々に変化する日本の風景、

各地のさまざまな絶景がその土地に住む写真家によってネットに寄せられているのを見ると、

本当の美しさを知っているのは地元の人だという考え方もできる。

遠方から時々出向いたぐらいで良いものができるわけはない、と言われることもあるが、本当にそうだろうか。

求めるものはそれぞれに違い、自らの技量の中に作品の夢を描いている。

いつか出会えるかもしれないその日のためにスキルを磨いているのだと、

今回の作品にそう教えられたような気がする。



仕上がった作品はとても満足のいくもので自分の代表作といえる一枚となった。

国内外の展示でも人気のあるイメージだ。

5月下旬から約2カ月間、東京のギャラリーの企画展で5年ぶりに展示する。